金緑玉・1話
『 赤褐色の宝石。なれど、陽光受けたその姿、朝日を受けた森林のごとく輝く。
色を変えるその様、明日の色を見せぬ未来の姿に似てはいまいか。』
ぎゃあぎゃあと鳥の鳴く声が、頭上からの陽光を塞ぐ絡まり合った木々から降る。神経を集中出来ぬ鬱陶しさに湧き上がった苛立ちで、レゼッタは自分の感情が完全に麻痺しているのではないと知った。予想に反して、自嘲の笑みは洩れなかった。顔の筋肉が強ばったまま動かなかったのだ。
疲労が限界に達している。
騎士団の章の入った剣を支えに、体を必死で立たせながら、死んだ部下の事を考える。二十代とまだ若いレゼッタの指揮下という事を考慮して、この討伐隊は若い騎士見習と騎士たちで構成された。…いや、されていた。ほとんどが既に亡い。
己の前で死んだ友人や、最後まで助けを求めていた騎士見習の顔がレゼッタの心に浮かんで消えた。
騎士としては希有な事に、レゼッタは精霊に助力を願う術を知っていた。その精霊使いとしての特殊な視力が、周囲の温度差を画像として見ている。周囲に転がる未だ温かみの有るとわかる肉塊に目を背けたい気持ちになるが、一瞬でも目を閉じる訳にはいかなかった。
死ぬ訳にはいかない。
『奴ら』を生かしておく訳にはいかないから。
「ああああああっ!」
突如、静寂を切り裂いた人間の悲鳴----レゼッタは体を転がすようにしてその方向へと走った。木々の根が邪魔で、何度も体のバランスを失い木の幹に体をぶつける。腹の傷からぬるい血が流れ出す感触を無視して、必死で足を前に動かす。
先程の悲鳴は、聞き慣れた同僚の、この討伐隊の副官の声だった。
そして、『声』は人間の証なのだ。
直感の指す方向へ、木々を掻き分けて彼は飛び出した。声を上げた友は確かにそこにいた。その体は鎧をほとんど剥れて地に倒れ、数人の人間に取り囲まれている。そこかしこに黒い血の色が見えた。
心臓を冷たい鉄の手で掴まれた思いで、レゼッタは倒れている男の名を叫んだ。
「スカルピア!!」
地面でもがくスカルピアの上に屈み込むように取り囲んでいた連中が、レゼッタの上げた声に反応して振り向いた。男二人に女一人。農民の様ななり、これといった特徴の無い顔立ち、意志が感じられぬ瞳、そして血に汚れた口。
『奴ら』だ。
呻くような、くぐもった悲鳴が聞こえた。それを発した、地に横たわる友の顔は血塗れだった。
何もかもが混じり合った感情が急激に膨張し、レゼッタを突き動かした。抜き身のまま手に下げていた剣を両手できつく握り直す。無理に剣を振り回すようにして駆け寄った。
スカルピアの体を再度食い荒らそうとして、元に向き直ろうとしていた一匹の腹を、恐ろしい勢いで剣は直撃した。ぐちゃ、と肉の潰れる音がしてその女の姿をした一匹は吹っ飛ぶ。不自然に赤い血がレゼッタにかかり、嫌悪と憎悪が彼の心にたちのぼった。
(人間の粗悪な模造品が……!)
悲鳴を上げない人間は、この森では人ではないのだ。それが生き残るために短時間で知った律だった。
残り二匹の『奴ら』をスカルピアから必死で引き剥がす。後ろから素手でその一匹の体を掴み、力任せに引っ張った。スカルピアという生きた食物から離されて初めて、この魔物はレゼッタに襲い掛かった。
鋭い爪で掴み掛かる『奴ら』の動きはそう速くない。戦いを知らない一般人と同じか、それより遅い。そして、その動きは剣の数撃で永遠に止まる。数さえいなければ怖くない敵であった。数さえいなければ。
……今となっては考えても仕方の無い事だった。討伐隊を派遣した者たちは、数え切れぬ数がいるなど、知らなかったのだから。
若い男の姿をしたその『奴ら』の胴体を、レゼッタの剣は見事に両断した。
同じ様にスカルピアの体から引き離された最後の一匹は、肩を二度裂かれて動きを止めた。
三匹とも声ひとつ上げなかった。
「スカルピア!」
目に入る範囲の敵は全て葬ったという安堵に、体の疲れが思い出されたように奥から溢れ出てくる。激しい動きの為に血が流れ出たという事もある。視界ががくがくと揺れる。途端に重くなった体をふらつかせながら進んで、血溜まりの中の友に縋り付いた。
金緑玉と同じに、陽光を受けて黄緑に輝き、影に在っては紅蓮に輝くという、彼の自慢の髪は無残に自身の血に染まっていた。見慣れた独特の草葉色は、汚くこびりついた泥と血で隠れてしまっている。
スカルピアは自身の流した血を体に擦り付ける様にのたうち回っていた。その腹は、食い破られて臓物を散らかしている。腕や、足や、顔の肉が噛み千切られて、赤い色の肉を露出させている。口から血を泡立たせている。
レゼッタの姿を時々捉らえるその瞳は、焦点を正しく結べない様子だった。