金緑玉・3話

「………ク……ルーク……ルーク! 大丈夫か!!」
 激しく揺さぶり起こされ、ゆっくりと目を開けると陽光の明るい部屋が現れる。眼前には上司である朋友の、自分を心配しているのだと明らかに分かる表情。
 汗で額に張り付いた髪を掻き上げて、自分が酷く発汗しているのに初めて気付いた。しかし心配されるような憶えはまるでない。眠気の残る口調で言う。
「どうしたんです? そんな顔をして」
「それはこっちの台詞だ! 酷く魘されてたくせに、良くそんな偉そうな口を叩くもんだな、お前は」
 そう一気に言い息を吐くと、少し顔を曇らせて上司、カイエンは口を噤んだ。
 レゼッタは、カイエンが唇を閉じた理由に気付いた。それは、つい先程まで自分が魘されていた、夢----そして今も終わっていない、現実の----…
「なあ、レゼッタ……抱えこむのはやめろよ……忘れろとは、言わないが」
 夢の中で自らを呼んだのと同じその声を半ば聞き流すように、寝台に起き上がりながら、レゼッタは半分目を閉じたままで答えた。
「大丈夫です」
 カイエンのその不安そうな表情は、レゼッタの言葉を額面どおりには決して受け取っていない事を如実に物語っていた。自分を真剣に心配してくれているのだ、とレゼッタは思う。有難かったが、しかし自分には身に過ぎるような気がした。
「心配しないで下さい」
「お前、その嫌味ったらしい敬語はやめろよ」
「少なくとも、貴方が年長なのは確かなんですから。貴方だって昔は私に敬語で話して、私が止めてくれと言っても止めなかったでしょう」
「それは、お前の下に就いていたからで----」
 視線が合って、互いに苦笑した。今ではすっかり、昔と逆なのだ。惨敗した討伐隊の隊長は、責任を取り、降等処分。たったそれだけで済んだのは幸いだと他人は噂した。『魔法王国』ラムリアースの騎士団でも通用すると冗談混じりに言われた彼の技量故だろう。しかし、その技量が有ったが為にレゼッタは苦しんだのだった。
 黙々としながら服を着替え終わると、レゼッタは黙っている上司に向いた。
「すみません、出掛けます」
「…施療院か」
 問うてくる心配気な声に、部屋の外へのドアを開きながら振り返り、そっと微笑を乗せて言った。
「…本当に大丈夫です。アルトファーゼは、大分、快方に向かってます。俺を見ても、暴れ出さなくなりました-----」
 カイエンは少しだけ驚いた顔をして、よかったな、と呟いた。


 どうしてカイエンに言ってしまったのだろうか。狂気が完治した訳でもないのに、糠喜びに終わるかも知れないから言うまいと決めていたのに、レゼッタはそう後悔して顔を俯かせた。足を進める速度を少し落とす。
 風は、街路に居並ぶ屋台や行き交う荷車から立ち上るこの秋の豊かな実りの香りと人々の様々な声を運び、ただひたすら流れている。角を曲がるたびに、やがて、背の方へと薄れていく----。
 静かになると、歩き慣れてしまったこの道を歩いていると、習慣の様に思い出す言葉がある。
 『老魔術師の狂気の実験の結果』----それはいつも、黒い炎の様な怒りをレゼッタの心に呼び起こす。そんな言葉であの事件を片付けてたまるものか、と。
 人造生物。ホムンクルスという名でなら、レゼッタも文献の上で良く見掛けた事が有った。その一種が、『奴ら』だったのだ。最初は粉の様な粒の様な状態で、人の血を注ぐと人型と疑似生命が与えられる。ある古代遺跡からそれを持ち出した老魔術師が興味のままに一つの村の民全てを殺め実験材料とした…それが、この事件の全て。

 後にそう判明した事実の前に、レゼッタは立ち尽くす思いだった。

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