金緑玉・6話
ゼーヤは驚きながらも納得して頷いた。喉を撫でるようにして息と心臓の鼓動を整える。
「信じられない、人の心の精霊たちが、あんなに強い力を持てるなんて……あたしの心まで、巻き込まれるかと思った」
恐怖の醒めやらぬ顔で、レゼッタを見上げる。
「あんな……平気なの? レゼッタさんは」
「俺は、人の精神の精霊たちと交流するのは、得意じゃないんだ…俺が習った師がそうだったから」
人の感情はそれぞれ特定の精霊に司どられており、強く働く精霊の種類を見分ける事によって、普通の精霊使いなら話している相手の感情を大体『読め』る。
レゼッタはどちらかといえばそれが不得手な方だった。『炎』を操れても、同じようには『怒り』を操れない 同じ精霊の力なのだが。人の感情に踏み入ることは禁忌ではないかという思いがあるせいらしかった。
「あたしは、そういったのが一番得意なのよ……」
良く、人の感情が『感染る』こともあるの。そうゼーヤは説明した。人の心の精霊は微弱な力しかないとはいえ、外にも確かに影響を与える事が有る。出陣前の兵の陣地に赴けば心が高ぶるし、見ず知らずの葬列でも横を過ぎれば哀傷を覚える。ゼーヤは、自分はそれが高じた様なものなのだと語った。勿論、精霊使いであるから自分の精神を抑える術にも長けており、不便はないのだが。だが、さっき通り過ぎた男の心は、余りにもバランスを失い、強い力を持ち……彼女の心までも『巻き込まれ』かけたのだ。
「ドア越しでも分かる、泣き女、戦乙女、レプラコーン、シェード……物凄く力が強い……無茶苦茶に歪んでる」
悲しみ、勇気、孤独、恐怖…単独の感情が突出して感じられる。それが、汚泥のごとき不快感の源だった。
「ここ、そういった人の為の、施療院なのね」
無言でレゼッタは頷いた。それから、ゼーヤが今何処まで察しているだろうかと考えた。…そろそろ、話さなくてはなるまい。彼女の視線が、レゼッタを促した。
立ち止まり、床を踏む自分の足の感触を確かめるように一度深い息をしてから、レゼッタは唇を開いた。
「昔、俺には、金緑玉の髪をした友がいた。もういない……俺が殺した」
驚愕に、ゼーヤの瞳が開かれる。表情を変えない所が彼女の理性の強さだろう。
「昔、近郊で怪物騒ぎが有って、討伐隊が出された時の話だ。俺が隊長で、奴が副官だった。…その怪物に襲われて、奴は倒れた。目の前でのたうち、殺してくれと哀願されて、俺は剣に手を掛けた。助からないと思った。楽にしてやろうとした」
自分の鼓動が、確実に高まり、暑くもないのにわいた汗で服が肌に張り付く。驚いた事に震えだしそうになる体を制し、ふと彼は僅かな訝しみがゼーヤの瞳に有るのに気付いて首を振りながら言った。
「そのころの俺は神聖魔法を使えなかったんだ。目の前で、奴の生命を司どる精霊たちが消えていった…俺は何も出来なかった。ただ、少しでも早める以外には」
隠そうとしたが洩れた自嘲の笑みが、レゼッタの頬を引き攣らせた。
「それを、部下の一人が見ていて……そいつは気がふれた」
自分の唾を飲み込む音が、どうしてこうも大きく響くのだろうと、ゼーヤは思った。
「……金緑玉って…『未来の姿に似てはいまいか』っていう、やつ?」
「昼の色は、お前の髪の色に少し似ているな。
お前の友人に借りていたのも、金緑玉だ。今は治療の術として、その男の手に有る。今から取りに行く」
軽い静寂が二人の立ち竦む通路を押し包んだ。
「…名前は?」
「死んだのがスカルピア。この先に居るのが、アルトファーゼ」
どちらが先に足を踏み出したのかは判らない。相手の靴音に促されるように、二人は奥へと歩を向けた。