金緑玉・7話

 重い閂に閉ざされていたドアの向こうは、ゼーヤの想像とは違い、柔らかな陽の光の差し込む明るく清潔な部屋だった。ただ、小窓にはめられた鉄格子だけが、明らかな異質として在った。
 その部屋の中心で、青年が黄玉の髪を陽に煌めかせながら、寂しげな子供の様に、真っ白なシーツに波を作ってベッドに腰掛けている。微かな至福の表情を浮かべて、右手に視線を落としている。
 手慰みに弄んでいるそれは、ひどく大粒の、緑色に輝く宝石だった。
 レゼッタはそれをはっきりと目に捕らえて、体を無意識の内に強ばらせた。
 不意にゼーヤは胸に悲しみの傷みを覚えた。すぐにその理由に気付いた。背中に居るレゼッタの感情が『感染った』のに違いない。
 気付くとアルトファーゼは二人の方を向いていた。感情の一片たりとも乗せられておられぬせいで、ガラス玉の様に奥まで覗けそうな瞳が、後ろの戸を透かし見ているかのようにレゼッタとゼーヤを眺めていた。内の石を隠すように右手の指をしっかりと握り締め、それでも顔には何の感情も新たには表さない。
 …部屋の様子以上に、彼の姿はゼーヤの想像とは違った。ひとつも、荒々しそうでも神経質そうでもなかった。その整った方だと言える顔はどう取っても十代以上には見えなかったし、背が特別高いといった訳でもあらず、筋肉はあくまで薄くだけ盛り上がっている。そして何より彼はゼーヤを見、
 ……微笑んだ。
 レゼッタが戸を閉める音が背で響き、その微かな音が消え行き、明るく暖かい部屋の空気に体が慣れ、やがて自分が息をしているのを思い出すまで、ゼーヤは惚けたように彼に見入っていた。
 レゼッタは息を呑んだ。
 惹かれるように、ゼーヤがゆっくりとアルトファーゼに歩み寄ったのだ。足を揃えて立ち止まった彼女の顔を、アルトファーゼは急角度に見上げていたが、不意に空いている左手を伸ばした。
 母親が乳飲み児をあやす様にその欲するものを気付いて、ゼーヤは屈み、その手の平を自分の髪に触れさせてやった。
 金緑玉を内に封じ込めたままの右手を彼女の首に廻すようにして、アルトファーゼはゼーヤにそっとしがみつき、ゼーヤもその腕で彼の首を抱き寄せる。
 抱き合って、ただアルトファーゼがゼーヤの髪を撫で続ける中、彼女は無言でアルトファーゼの肩を見つめ続けていたが、やがてその頬に一筋の涙が流れ出した。
 レゼッタはほとんど息もせずに、戸の前で立ち竦んでそれを凝視していた。
 何か一つの絵画のようだった。既視感のような強い驚きがレゼッタの内側を揺さぶった。自分が、口がきけない程に動揺している事に気付いた。
 ゼーヤが優しくアルトファーゼの腕を振り解いた。
 今度は、時間が経過していた事に気付いた。
 微かに悲しみの滲んだアルトファーゼの瞳に淋しく笑い掛け、その笑みを頬に残したままにゼーヤは振り返り歩み寄って来て、
「帰ろう」
 涙を頬に残したままの穏やかな笑み。
 その刹那レゼッタは戸惑った。この建物に入って初めての、他の全てを忘れた一瞬だった。
(……この娘は、こんなに綺麗に笑う娘だったろうか……)
 後ろで、アルトファーゼが表情のない顔で、ゼーヤの髪を柔らかく凝視していた。


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