金緑玉・8話
「テンプルには、適当に言っておくね。だってあれなら、なくなりっこないし。無理にあの石、取って帰れないもんね」
礼を言うレゼッタに、ゼーヤは屈託なく笑い掛ける。
「いいよ、お礼なんか。それより、金緑玉みたいに色の変わる髪の毛なんて有るのね、初めて聞いたな。見た物の色をそのまま映す瞳とかは知ってるけど。その人とは、親友だったの?」
ワインの入ったグラスを片手で振り混ぜ、彼女は黙った。
レゼッタは、ぽつりぽつりと話し始めた。何も聞かれはしなかったが、枷を外され解放されたかの様に言葉を紡いだ。自身の傷口であるかの様に、常に見つめ続け忘れようとはせず、それでいて知らぬ者には頑なに見せずにいた部分を彼は掻き出すかの様に語り続けた。まるでそれが贖罪であるかの様に。
アルトファーゼが人間を恐怖の対象として認識し、中でもレゼッタをもっとも恐れた事。獣の様に暴れ、泣き、喚き、人間である事を拒否するかの様に自分に閉じこもり続けた事。
「暴れるあいつを、神官に見せた事が有る。『平心』の魔法が効いて、あいつは正気に返った。そして不思議そうに周りを見回して、俺を見付け……また狂った!!」
アルトファーゼに植え付けられた狂気の根が如何に深いか見せ付けられた日。忘れる事の出来ようも無い記憶だった。痛いほどに頭の奥が脈打っている感覚に、額に手を遣り レゼッタは自分が泣いている事に気付いた。
それでも彼は続けた。自分がどのように感じ、考え、進み、今まで来たか、心の変遷を語った。やがて自身が過去を正面から見つめる事が出来るようになり
、時を同じくして金緑玉を手渡したアルトファーゼが穏やかに安定した事。
彼の体から強い感情が辺りに撒かれているのがゼーヤには感じられた。悲しみや孤独や恐怖、怒りや喜びすらも混じり、波打つように発せられている。そして、それを統べるかの如く常に共に有るのは、勇気の精霊だった。稲妻の激しさを槍と共に携えた戦乙女。男性の心にのみ住むその気高い姿を、ゼーヤの瞳が瞼を閉じていても映せる程に。それこそが彼が長い時を掛けて見つけ出したものなのかも知れない、とその気を感じながら思った。
ゼーヤは意味も無く顎で頷いた。過去、レゼッタには思い起こす事さえ苦痛だった記憶を、彼自身から洗い浚い聞いたのだ、と全身の感覚で認識している。彼は、勇気を必要とする言葉だけを紡ぎ出している。
「すまない、出来れば又、あいつの元に行ってやってくれないか…こんな事を頼めた義理じゃないんだが……」
苦しげなレゼッタの口調が、ゼーヤの迷いを断ち切った。
「行くよ。言われなくっても、行きたいよ。あの子はね、あたしにそっくりなのよ」
無理に楽しそうに笑いながら言った。
「迷路って、あるじゃない。前に祭の出し物でやってたようなやつでも、古代遺跡でもなんでもいいけどさ。
あの子は…それの袋小路に入っちゃって、出口が無いと思い込んじゃって、そこで座り込んじゃってるの。しんどくって疲れちゃって、周り中を高くて出られない壁に囲まれて生きてて、でもこの状態は誰にもちょっかいを出されないから良い、楽だって信じ込んでるの。誰かが助けに来たって、それは外から来た悪魔みたいに見えるの。お薬や魔法はきっと、その閉じた壁をほんの少しの間開くものでしかないんじゃないかな。レゼッタさんは、それをもう良く知っていると思うけれど。
生きてくっていうのはね、迷路で何度も同じ道に入っちゃったり、全然出口が見えなくて嫌になっちゃったり、そんな事しながら新しい道を探して、自分の信じた方向に進むって事なんだと思う。まだ、二十年も生きてないあたしが言うなんて、片腹痛いかもしれないけど」
「そんな事は無い」
「…あたしもね、座り込んでたの。生まれた村で、出来損ないだって言われ続けて、仕方ないって諦めて信じてたの。ほらあたし、耳の形変でしょう、先が少し曲ってて。それからね、この髪」
そう言って前髪を指で摘み上げる。自分の頬で乾いて軽く強ばる感触を残したものが、突然饒舌になった彼女の瞳からも溢れ出ていた。レゼッタはそれを茫然と眺めた。