金緑玉・11話
中からは掛からない鍵が失望させるが、それでも戸をぴったり締めると何がしかの安堵が湧く。ゼーヤは途端に振り返り小声で言った。
「…一体、何? ここに物盗りで入ったって感じじゃないわよね。何の目的で」
「わからん。外部からの侵入者なのは間違いない様だが」
二人は同時に、助けた大地母神の神官に視線を向けた。塞がった腹の傷に恐る恐る触れていた中年の女性は脅えるように言った。
「いきなりに切りつけられて…」
門と入口には人がいつも詰めている筈なのに。入口から侵入してきた、という事は……。数々の危機を切り抜けてきた中で身についた勘が、二人に冷静な考
察を開始させていた。
「レゼッタさん、何か思い当たる事、無い?」
「もしかしたら……前に噂で聞いたんだが、ここに、公爵家の跡目争いから逃れるために気が触れた振りをして隠れている次男坊が居るという噂があったな」
マーファの神官が微かに反応した。困り顔で、だがはっきりと頷く。
「それかな」
そっと答えるゼーヤ。ならば、この男はその貴族への刺客か。脅えながらもまだ瞳をぎらつかせるその男の腹を、彼女は長靴の先で遠慮無く蹴りつけた。傷みに呻いて昏倒した男を無視して、口を開く。
「他に仲間が居るはずよ。こいつが戻らなかったら、次は複数で来る。
早く患者達を逃がさないと、片端から殺されちゃうわ。…その次男坊とやらだって、助けてやらなくちゃ」
レゼッタは頷いた。こんな事件に巻き込まれるのは予想外だったが、驚いている暇はない。たくさんの人命を意識した。
女性神官が口を開いた。
「あ、あの、この奥の部屋の一つに抜け道が用意されています。本来は火事などの時の為の物ですが、下水道へ出られるはずです」
突然ゼーヤは自分の短いスカートに手を突っ込んだ。しばらく布を弄っていたかと思うと、端を引き裂き何かを取り出す。一つをレゼッタに投げた。
受け止めてみると、柳の葉の様な細身のナイフだった。冒険者なだけあるな、と感心しながら巻き付けられた油紙を破り取り、光る刃を露出させ、レゼッタは言った。
「聊か頼りないかな」
「贅沢言わないの」
不敵にゼーヤは笑み返す。
「無いよりマシでしょ」
「確かにマシだ。後、この男の剣がある……大分マシだな」
煉瓦の床に大雑把な廊下の図を描く。マーファの神官が説明と訂正を入れた。あちこちで交差した廊下と広さが厄介そうだ。素速く意見を出し合い、作戦…とは呼べないような代物、を練った。レゼッタは世話役の女性が患者達を逃がすのを手伝いつつ、刺客を警戒する。ゼーヤは単身入口まで戻り、外の状況を確認
、可能ならば外に助けを求める。
「もし、助けを呼べそうに無かったら逃げ返ってくるから。武器、有ったら取ってくる。入口のおじいさん、無事だと良いんだけど…。神官さん、できれば下水道通って、早く助け呼んで来て下さい。こっちは保証できない」
「ゼーヤ、一人で大丈夫か」
「だって、患者さん逃がす手伝いなんて出来そうもないし。それより急ごう、こういう時は『知識神の思索より至高神の行動』よ」
それは、神というよりはその神官を揶揄した言葉だ。本当は、『思索』の前に『永遠』が、『行動』の代わりに『無謀』が入る。レゼッタは少しだけ苦笑を浮かべながら廊下に出、戸の鍵をしっかりと掛けて内に男を閉じ込めた。