金緑玉・13話

 小さく鈴の音がして、一陣の疾風がそこから舞い出た。頬や髪に擦るようにまとわりついたかと思うと今度は部屋を踊る、その風に向かって精霊語の呟きを続ける。
『あの塀の向こうから音を運んで、シルフ。お前がいつもやっているように。あたしの清かな友達、願いをきいて頂戴』
 音を運ぶ空間を限定させ、その為左の耳だけを澄ませ、雑踏の喧噪から適当な目標を拾い出す。開いた窓を通って音を運ぶシルフに、先程と同じ様な文句でもう一度、今度は少し違う願いを語り掛け、徐に普段使っている西方語に切り換えた。
「もしもし、驚かないで聞いて。あなた、今すぐ最寄りの兵の詰め所に駆け込んで。すぐそこの施療院、あんたのすぐ前のお屋敷に凶悪な強盗が入ってるのよ。さあ急いで走って、ちゃんと言うのよ!」
 ぼそぼそと言い終わると、ゼーヤはもう一度シルフに向こうの音を運ばせてうまくいったかどうか確認しようかと迷い、やはり諦めて開放したシルフを鈴に戻した。
 これを聞いた者によって助けが来るかどうかは、正直疑わしい。うまくいくようにと念じながら床の死体と血溜まりを避け、外に出る。少し庭の方を伺ってから、注意して廊下を奥へと駆ける。さっきレゼッタと別れた部屋の前を過ぎた。ドアは開け放されており、中には誰もいない。もう奥の脱出路に連れて行ったのだ、と安心して更に急ぐ。
 途中の通路に男が一人倒れていた。先程部屋の前を通り過ぎた足音の持ち主に違いない。ゼーヤの手渡した細いナイフが革鎧に突き刺さって曲がり、残されていた。生命の精霊力が感じられない事に安心し、飛び越して奥へ急ぐ。
 血に触発されたのか、頭に頑固そうだった老人の顔が思い浮かび、ゼーヤは軽く瞼を閉じ、開いた。
 その瞳に信じられないものが映った。


 廊下の奥の角からアルトファーゼが顔を出したのだ。
 声にならぬ声を上げ、慌てて駆け寄るゼーヤに、状況を理解していないアルトファーゼはゆっくりと歩み寄るように動いた。
 何故ここにふらふらしているのよ、と驚きの次に焦りに襲われたゼーヤは腕で奥に押しやるように彼を制した。が、嬉しそうにゼーヤの髪を掴んで顔を寄せるだけで、アルトファーゼは足を動かそうとしない。彼の手を引こうとして、その右手がしっかりと金緑玉を握り締めている事に気付いた。反対の手はゼーヤの頭を、髪を撫でている。
 どうやってか、脱出路へ向かう途中、集団から外れ、迷い出たのだろう。レゼッタが奥に居る間に別の通路を通ったのかも知れない。
 両の手に剣を持つゼーヤは、どうにも出来ずに困るばかりだ。

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