金緑玉・16話
血に汚れた騎士団の小剣が、床に落ち金属音を響かせた。
アルトファーゼの目の焦点が揺らいでいるのがはっきりと見て取れた。恐怖の精霊があの時と同じ様に彼を内から包み込み、彼の表情を、感情と意志を壊していく。レゼッタは、思い切り揺さぶった。意味のない表情に変わっていくのが耐えられなかった。
「戻れ! 出て来い! 帰って来い!! 俺はここにいる!」
ゼーヤは床に座り込み、茫然とそれを見上げていた。その手がアルトファーゼの服の裾を掴んだ。思考無しに、言葉が胸を突いて出た。
「生きよう…一緒に生きよう、出ておいで!」
瞬間、凛々しい、彫像の様に端正な顔をした戦乙女がアルトファーゼの周りを舞った。
わだかまる闇のごとき恐怖の精霊が一瞬にして姿を消す。アルトファーゼを現実に繋ぎ止めようと体に縋る二人の精霊使いの目は、それをはっきりと映す事が出来た。
『…消えるな戦乙女!!』
レゼッタの狼狽した叫びに、呆れながらも満足した様に、変わる事のない筈の精霊の表情が動いた。唇の端を軽く釣り上げ笑みを形作ったかと思うと、アルトファーゼの中へと白銀の姫戦士は溶ける様に消えた。
何かが変わった、という認識にレゼッタとゼーヤは息を止めてしまう。
長くも短くも感じられる時の後、アルトファーゼの口が言葉を洩らした。
「どうして、僕と貴方だけが生きているんですか……?」
抱きしめた。レゼッタは、抱きしめ、涙を流した。
「貴方は、副長を、殺しました……!!」
頷く。抱きしめたまま、大きく首を縦に振る。
自分の渦巻く感情の中に、初めて罰を受ける事を出来たという歓喜があるのをレゼッタは意識した。
そして何よりも、戻ってきた彼に。最大の喜びを。
『戦乙女の司どりし勇気は、死を見つめる勇気なり。故に、女には存在せぬ。』
意味を持って生きていくという事は、死ぬ意味すらもが存在する事、死をも見つめるという事 いつか己で見つけ出した言葉と、戦乙女の伝承が符合したとゼーヤは感じた。
今、アルトファーゼは、『生きる』事に戻ってきたんだ。頭の中でそう言葉を繋いで、深く実感した。縋っていた彼の足に、抱きつき、涙を流した。己が新たな生を受けたような喜びだった。
「………誰か、誰かいますか……! もう大丈夫です、出て来ても大丈夫! 騎士団の者です、安心して出て来て下さい!……」
入口から声が響いてきた。あの時と同じ声が、同じ様に。
複数の、人の気配がする。友である上司は、この今のアルトファーゼを見て何と言うだろう。少しずつ近付く足音を楽しみに待ち受けながら、アルトファーゼを抱きしめ、レゼッタはゆっくりと疲労に沈み込むように瞼を閉じた。