幻界人 ・3話


 しばらく床に彷徨わせていた視線を、やがて上げ、真っ直ぐに私を射るような瞳で見た。
 十七という年齢に相応しく背は私を越しそうな程すらりと伸び、引き締まった伸びやかな肢体は貴族の子息の内では群を抜いて鍛えられている。息子の成長ぶりに、こんな時だが気付き、嬉しさを感じた。
 しかしその息子の顔は、憤怒に似た激しい表情を浮かべ、私を責めている。焼けるナイフのように私を刺してくるはしばみ色の瞳は、彼の亡き母とまったく同じ色で、私の胸を小さく締め付けた。面立ちも母に良く似ている……。
「プレトリーの息子に、何を言われた」
「……別に」
 私の言葉に瞬間ひるんだが、すぐ、今まで以上に挑戦的な燃える瞳をぶつけてくる。私への憎しみが込められているのだろうか。息子の愛情も尊敬も得ていないと言う事実が、私の心に濡れたマントのように重くへばりついた。
「もう用はないだろう?」
 ジョスランの声は冷やかに響く。が、その衣の内に熱く滾る感情を隠しているのがありありと解る。
 私は無言で彼を行かせた。

                ◆        ◆
 あの散々だった遺跡探索の後、魔法を使える仲間が必要だということになった。戦士の腕を持つ元盗賊のギィ、賢者くずれの現盗賊セーラときて、自慢できるのは剣だけ、の私。全員、魔法など齧ったことも無かった。それで古代から生き延びてきた魔物と相対しようというのも考えてみれば思い上がった話だ。生き延びてきたのは、仕事の選び方と撤退の見極めが上手かったからだろう。
 ……今となるとその無鉄砲ぶりが酷く羨ましいのは何故だろうか。
 ともあれ、ようやく癒しの魔法を使える者の必要性を痛感した私達だったが、伝道を目的とした神官戦士とかいう者達とは、ギィとセーラの二人が見事なまでに反りが合わなかった。共に旅をする仲間が心の底で嫌い合っていたのではいざという時危なかしくて仕方が無い。だがどうも妥協できるような人物を見付けられなかった。
 そこで、冒険者の店の店主が紹介してくれたのが、女の精霊使いだった。生命の精霊というものは女にしか操れぬそうで、だがおかげで女の精霊使いは強力な癒しの呪文を持つのだという。しかも、癒しの魔法が使えるということは、他にも強力な呪文を知っていることの証明でもある。そんな話を聞いて、私たちは、やはり仲間を欲しているというその精霊使いにとりあえず会ってみることにした。
 酒場の片隅で、彼女は待っていた。一見して旅支度と判る薄汚れたマントを体に巻きつけたまま、手にした杯を無表情に唇に当てていた。
 周囲の喧噪から浮いているように見える、柔らかな美貌の森妖精だった。セーラが近寄って行くと、嘗めるように味わっていたワインを手放してテーブルに置いた。
「あたし達、『赤色小鬼』亭の紹介で来たんだけど。ドゥスさん……だね」
 セーラの顔を見上げて、彼女は頷いた。
 いくら座っているにしても、セーラと比べて、彼女は酷く小さい様に見えた。骨格自体が人間と違うのだなと、後に旅をして行く中、おいおい解った。だが、森妖精の、それもとびきり美しい女をこんなに間近で見て話すのは初めてだったから、私は知らず知らずの内に、その特徴的なナイフの様にとがった耳や、余りに細い体の線をまじまじ見ていたらしい。
「森妖精がそんなに珍しい?」
 いきなり問い掛けられて、その時の私は他所見(よそみ)を注意された見習い賢者の様に、びくりと体を動かした。
 その時、彼女が酷く驚いた顔をした。私の顔を見て、不思議そうに、じっと眺める。衝撃と、何かしらの感動が伝わってくるような表情だった。
「あなた……」
「な、何か?」
 私は端目で解るほど、どぎまぎしていたのではないだろうか、今思うと。ドゥスは安心した様に、息を吐きながら小さな笑みを零した。
 私は、彼女が私に好意を持ったのではないかと、酷く都合の良い事を考えていた。だから私は彼女に好意的だったし、勝手な親しみを抱いていたようにも思う。
 その晩私たちは仲間として握手を交わした。ギィもセーラも彼女が気に入ったと言ったが、気まぐれな二人なので大した理由も無かったのだろうとあの時にも思った事を覚えている。
 あの時初めて見たくすくす笑いを、その後、何度も何度も見た。いつも私だけに向けられていたが、時々私を通り抜けたどこかへ向けられているように感じることも有った。
 私たち四人はうまくやっていた。それから二年、共に旅をした。


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