幻界人 ・7話

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 世間の人々の様に、私が男爵位を目当てに妻と結婚したと考えるのに頭は必要無い。私はそれを今まで否定してこなかった。余りにも、くだらなすぎる……そんな事を気にしてみせる事を恥じる気持ちの方が大きかった。私を見る人々が、それをどう感じたかは知らない。
 だが、息子が私に抱く疑いというのは、人々と同じでありながら、その視点がまるきり違っていた。
 その事に気付くのには時間が掛かった。ジョスランは息子の自分が真実愛されているのではないのだと思い込んでいるのだと、息子を見ていた。誤解は解けると考えた。私と息子に、時間は沢山有ったから。
 タリアとの会話の中でふとクシュカの名を出した時、息子の激昂を見た。顔も覚えていぬ母に対する思慕や愛情が、姿を変え、私への糾弾に転じていることに、その時私は初めて気付いたのだった。
 私がクシュカを、妻を心から愛していたかどうかが、息子にとって一番の問題で、そして私たち親子の間に存在するわだかまりなのだ。
 私が実の父親かどうかという事よりも、少なくとも息子はそれを気に病み、病み過ぎて、疑惑は息子の根本を司どる心の樹木にまで成長した。
 わからないではない。慕っていた父親が、実の父親ではない知れぬと知った時の衝撃は大きかっただろう。それを様々な事に結びつけて考え、絶望の袋小路に入り込むのも簡単な事だ。
 私は、息子が私に抱く疑いも、同様に、一度も否定せずにいた。わざわざ否定してみせる事に意味など感じなかった。また、息子がその疑いを捨てる日が来るとも信じていたのだ。
 私は息子の前で、妻を愛していた事をはっきりと一度告白している。あの時の息子の笑顔は忘れない。なぜそれを否定しようとするのか、私には息子が解らない。もう、息子の事は、大部分、理解出来ない………。
 諦観という安定は甘美で、全てが少しずつ崩壊に進んでいこうとも、今の位置から動く気を起こさせない。もっと若ければ、私は、逆らってくる現実にまで向かって行く無謀さだっただろうに。
 近頃、何故か、当時の夢ばかり見る。若かった。光を浴びて、ずっと緑の中にいた。くすんだ色の贅沢な家具に囲まれた生活が、どんなに味気の無いものかも知らずに、夢見ていた。いつか人の羨む暮らしをするのだ、と。多分、今の私には、あの頃の生活は堪えられまい。私自身も変わってしまった………。
 ふと、窓の外を見た。丁度強い風が吹き抜け、煽られた木々が揺れ僅かに色づきかけた木の葉が舞う。
 ドゥス。唐突に、その面影が浮かんだ。私は慌てて首を振った。
 流れる髪は秋の木漏日の色、見つめる瞳は夏の竜鱗草、人形の様な線のか細さ。不変性に由来するどこか無気質な美。木陰からじっと見つめる視線は常に真っ直ぐに私を貫いたから、私の心も揺らめく事が出来なかったのだ--------おそらく。そして私はクシュカを選んだ。
 なのに、妻よりも、あの妖精の顔ばかりが思い出されるのはどういう事だ? 息子に誇る事が出来ない父親に成り下がろうとしている。私はドゥスの思い出に慰めを見出していた。
「あの時」
 我知らず声に出していた。
「あの時………ドゥスを選んでいたとしたら………?」
 自虐的で自己愛的な台詞だと言うことは分かった上だった。諦観の甘美にそっくりだ。
 クシュカと過ごした屋敷の部屋でこんな言葉を呟く自分が許せない、と心が叫んでいる。だが同時に、やけになって喝采を送りたい気持ちもどこかにいる。おそらく心の闇に。
 そして肝心なのは、記憶の中のドゥスの眼差しに、今、私の心が揺らめいているという事実だった。


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