幻界人
・10話
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ジョスランが剣の稽古をしているのが二階の書斎から見えた。
中庭につくられた練習場は、屋敷に常駐して警護にあたるセントール家の私兵と、最近は久しく訪れていないが当主の私、そしてジョスランが鍛練に励めるよう、様々な練習用の道具が揃えてある。ジョスランが私から離れてゆくまでは、毎日の様に稽古の相手をしていた。
剣の教師から習ったとうりの正しい型を身に付けているのが、上から動きを眺めていると解る。冒険者だった頃の私の、我流に近い剣術とは比べものにならない鋭さだ。
ただ少し、がむしゃら過ぎる。剣には感情を表してはいけないのだと、生死の境を何度も見た冒険者時代に私は知った。
窓からそっと顔を出し、様子を伺おうとしたところを、たまたま上を見上げたジョスランに見つかった。
怒りを目に表し苛立たしげに口を開き掛けたジョスランだったが、ふっと唇を噤むと、探るようにしばらく私の顔を眺め回す。
息子の意図が読めないまま、私はしばらくそこにじっとしていた。
手にしていた剣をジョスランがゆっくり振り上げた。そのまま真っ直ぐに腕を伸ばし、切っ先を私の方向へ向ける。その剣以上に鋭い視線が、私の顔面へと付き刺さってきた。
私は窓から体を引っ込め、部屋の扉へと歩き始めた。
あれは、私への挑戦だ。
体をふつふつと温める何かを感じる。
不安よりも嬉しさに心が満たされるのが不思議だったが、考えてみれば当然だった。息子と剣を合わせるのは、優に七年振りほどだ。それほどの長い間、私たちは剣を合わせて心を曝け出すのを恐れていた。そう気付いたら、少しずつ顔が笑顔になった。
諦観の作る心の仮面は、己までも欺くのだ、とこの時感じた。
私たちは言葉を交わさなかった。私が羽織っていた上着を脱ぎ、片隅に立て掛けられてあった内から自分に合った剣を取ったのが開始の合図だった。
ジョスランは無言で剣を腰に構えると、一直線に突っ込んできた。
真横になぎ払いながら、斜め後ろに私は飛び退る。剣同士が触れ高い金属音がし、その途端、血が滾るのを感じた。
こんな剣撃の中で生きていた時代があった。
◆ ◆
最上段から振り被る。防御を考えていないギィの剣技は、この場合、相手の反撃を考慮せずとも良かったから、最上だった。自分の剣が折れない程度に力一杯、俺が相手の曲刀を受け止めていた。同時に二人を相手にして、片方に剣を受けられ、そこを狙われたのではたまったものではないよな、と俺は内心相手を嘲笑う。
肉と骨の潰れる嫌な音が先で、くぐもった悲鳴が後だった。
同時に俺達は部屋に飛び込む。
部屋の中の男たちが反応するより早く、ドゥスの歌い声に似た精霊語が響く。聞き慣れた響きだった。焦らずに、瞼を閉じる。
『…………っ………!』
声の残滓部分が響いたと思うと、瞼の裏が、物凄い光量に真っ赤になった。すぐに瞼を戻す。ドゥスの召喚した複数の光精は、部屋の中にいた男たち全員を襲っていた。
例えこちらと向こうが同じ人数でも、先手をとるのが鉄則だ。俺達は奇襲は大得意だった。もっとも今まで大抵が、魔物相手だったが。
俺は、部屋の奥に飛び込むと、慌てて隣の部屋への扉に逃げ込もうとしていた男に、斜めに切りつけた。悲鳴が発せられて、血が飛ぶ。
俺はさっきからずっと酷薄な気持ちになっていた。
クシュカの事を思うより、ドゥスの事を考えるより、剣を振ることは気持ちが良い。飛び散る血は、混乱した俺には鎮静剤になる。
突進したギィの為に、無防備なドゥスの守りが薄くなっていた。あ、と思う間も無く、小剣を手にしたセーラがその前に身構え立った。
いつもなら、それは俺の役目だった。俺が普段より突進し過ぎなのだった。